胃ろうはせず、最期まで自分の口から食べたい…とご本人からのご相談
高齢になると、身体状態の変化や持病などの理由から、思うように動けなくなったり、自信や希望をなくしてしまったりすることが多くなりがちです。
そこで、私たち職員は、ご利用者の皆様にいつまでも自分らしく、前向きな気持ちを持って頂きたいと思っています。その為にも、日頃から関りの時間を大切にし、お一人おひとりの気持ちに寄り添えるように努めています。
人は誰でも可能な限り自分のことは自分で決めたいものです。そうした思いが、自分らしさや、前向きな気持ちに繋がっていくのだと思っています。
今回は、ご自分の食事や今後の生活について、ご自分で生き方を選択された一人の女性(Aさん)の事例を紹介します。
要介護者
Aさん 80代 女性
Aさんは、笑顔の素敵な女性です。普段は口数も少なく控えめな方なのですが、長年暮らしてこられた地域の話になると目を輝かせてお話しをされます。自然いっぱいに囲まれた自宅で、畑で野菜を育てたり、お花を育てるのがとても好きだったそうです。
決して大食いではなかったものの、畑でとれた野菜はとても美味しかったそうです。入所された当初「おれ やせっぽっちだんども、ごはんおいしい。」と言って、いつもおいしそうに食事を召し上がられていました。果物が大好きで、中でもスイカは大好物だとお話を聞かせてくれました。
そんなAさんも最近になり、高齢に伴う体力や食欲の低下から、食事の量が徐々に減ってしまい、日中、ベッド上で休まれる時間も長くなりました。
医師からは老衰状態であると話しを受け、長女様ご夫婦へも病状の説明がありました。食事や水分がなかなか摂れないことから、ご家族と今後の食事や栄養を摂る方法について話し合いました。
十分な栄養は摂れないけど、少しでも好きなものを食べてもらうか・・・・・
流動食の栄養を直接胃へ送る(胃ろう)手術を受けてみてはどうか・・・・・
長女様はとても悩んでしまい、その場では決められませんでした。
後日、遠方在住のご兄弟や他のご家族とも相談したとのことで連絡をいただきました。
「他の家族とも相談した結果、家族としては、胃ろうをして少しでも長く生きてもらいたい。」というものでした。お電話から聞こえる娘さまの声には元気がなく「実はまだ悩んでいて、決めきれずにいるんです。可能であれば、もう一度相談できれば…」と答えを出せずにいるとのことでした。
一番大切なのは、Aさんがこれから、どのように生きたいと思っているかという点です。
私たちは、日頃からAさんに関わっているケアワーカー、また、医師、看護師、生活相談員、管理栄養士等の関係職種と再度話し合いを行い、ご本人にもきちんと意向の確認をし、Aさんとご家族が充分に納得した決断をしていただきたいと考えました。
後日、医師がご本人の体調を気遣いながら丁寧に現在の身体の状態と、栄養の摂り方について説明してくださいました。
Aさんは医師の話をしっかり聞き、内容を理解した上で、首を横に振って「(胃ろうは)しなくていい。」とおっしゃいました。口から食事を召し上がることを選択されました。
医師からご家族へ同様の説明をされた後に、長女様よりAさんに「口から食べるか、胃ろうを造るか」を聞かれたときには、Aさんは娘様をしっかり見据えながら、はっきりとした口調で「(胃ろうは)しない、口から食べる。」と、手を横に振った後に食べるジェスチャーを交えながらお答えになりました。
それを見た長女様夫妻は「良かった。これで母は胃ろうを望んでいないことが分かりました。胃ろうは造りません。他の家族にもそう伝えます。ずっと悩んでいましたが、本人の口から意思を聞けて良かったです。気持ちがゆっくりしました。ありがとうございます。」と、考え続けたことに答えが出て、ほっと安堵されたご様子でした。
後ほど聞いた話では、遠方にいるお孫様がおばあちゃん子であり、新型コロナウイルスの影響により面会ができない中、少しでも長生きしてほしいとの思いで色々調べた末に胃ろうの提案をされたとのことでした。
高齢になり自分の人生を振り返ったとき、 何十年もの間に人生の節目を何度も迎え、楽しいことも苦しいことも十分経験してきた先の最期の穏やかな時間は、自分らしく生きたいと誰もが願うことでしょう。
人生100年時代となり、私達は高齢や病気により介護が必要な状態になり得ることを理解し、たとえ動けなくなっても自分のことは自分で決めることができたり、瞬きやうなずきから意思表示できたりすることが、日常生活を送る上での自立支援=「自分らしい」生活に繋がると思います。
今後も、ご利用者が最期まで自分らしく前向きに生きられるような支援ができるよう、大切な人生の一部に関わっていけることに感謝しながら、心と身体に寄り添う介護を目指していきます。